コラム

VOICE 2 〜 北風と太陽 〜 

2021/11/02

コラム

「まだ大きな変化はありませんが、ここでコツを教えてもらって、子どもたちと話しやすくなりました」

そう笑顔で語ったのはひきこもりのお子さんをもつお母さんでした。

はじめてお母さんにお会いしたときの様子は、お姉さんと一緒に来所され、着の身着のまま憔悴し、駆け込み寺になんとかたどり着くかのようでした。

次男のSNSに本人が書き込んだ『死にたい…。死んでやる』の文字に、「私の育て方が間違っていたんでしょうか」とハンカチを片手に震えてみえました。

ちょうどその頃、ご家族の方を対象とした“ひきこもり家族教室(CRAFT)”というものを手掛けていたものですから、育て方の間違いではないことをお伝えし、一緒にひきこもりというものを勉強してよりよい関わり方を一緒に学んでいくことにしました。

「自分で出したゴミを自分で片付けただけで褒めるんですか!?」

お母さんが感じた疑問はもっともでした。日常のなかにある“あたりまえ”。
そのあたりまえだと感じられるできごとをあえて褒める。

お母さんは、そんな考え方に驚きつつ、新たな発見を感じてくださいました。
9割あたりまえだと感じつつ、1割の“それでも今回はやってくれた”に目を向けて、さりげなく「やってくれてありがとう」と伝えることを実践していただきました。

次の日、また自分の部屋の前にゴミをまとめて出してくれていたそうです。
その次も、その次も…。

嬉しかったでしょうね。
本人にとって負い目を感じることはあっても褒められることはないから。
嬉しかったでしょうね。
お母さんにとって自分の伝えたことを返してくれたから。

その日から、お会いするときのお母さんの笑顔は増えていったようでした。
「こうやって笑って子どものことを話せているなんて信じられないくらい」
そう言って、2人いる子どもたちとのやりとりを(大変なこともありますが)教えてくださいます。

北風と太陽の寓話があります。
服を脱がせるという目的は同じ。アプローチによって反応と結果は変わるように、これまでの方法がうまくいかないとしたら、別の方法が太陽になっていく可能性もあるのかもしれませんね。

冒頭では“大きな変化がない”と書きましたが、今では本人さんが私達の支援に足を運びはじめてくれています。
もちろん、SNSの心配な書き込みもあれから見られていません。

その間の半年ほど、本当に辛抱強く新しいコミュニケーションを実践していただいていたお母さんはやはり太陽なんでしょうね。