「ずっと、〈やらなきゃ〉とは思っていたんですが…」と言ったのは、仕事をしていない自分への負い目を感じていた、二十代の男性でした。これまで一度もアルバイトをしたことがないため、社会へ出ていく怖さを感じていたようです。 友人や家族の助けがあり、人と会い、喧嘩ができる関係性を築ける方ではあったのですが、アルバイトや仕事の話になると、急に自信がなくなってしまうようでした。 買いたい物、やりたいこと、そして将来に向けた必要性。その中で、〈甥っ子に好きなものを買ってあげたい〉というモチベーションから、想像の中でお金を稼ぐ楽しさを膨らませ、アルバイトを開始することを決意しました。 「ここなら、できるかもしれない」希望のアルバイト先にそうした縁を感じていたようですが、求人に応募するまでには三か月の時間を要しました。 その場所で働くイメージを持つために職場見学に赴き、実際に働く人から話を聞くことができました。 ためらい、恐れ、期待し、竦む。周囲のプレッシャーに気圧され、周囲の関係に癒やされ、自らの不安に焦り、自らの希望に前を向く。長い三か月でしたが、彼は自分の手で応募の一歩を踏み出しました。応募ボタンをクリックするだけのことですが、そのボタンを押すことに、さまざまな葛藤を乗り越えて、ようやく決断することができたようです。 「どうしてこんなに時間が掛かったのか分からないけれど、応募できました。なんだか達成感があります」どこか誇らし気に話す彼は、一歩踏み出せたことに満足しているように見えました。応募した求人は、その後おっかなびっくりオンライン面接を受けてしまい、結果は不採用。でも彼は、 「次は、ここに応募しようと思っています」と、ひとつ何かが吹っ切れたような笑顔で、次に向けて進み始めました。 まずは、自分の知っている人がいる場所か、自分の好きなことに携われるアルバイトをしたい、とのことで、映画に関わる販売の仕事に応募。緊張しながら面接に臨み、見事アルバイトを開始することができました。 初めてのアルバイトは充実感も、厳しさもあったようで、残念ながら三か月ほどで退職となりました。落ち着いた頃に三か月間を振り返ると、このようにお話しされました。 「ロッカーで着替えをしているときや、誰もいない暗くなった店内を歩いているときに、『あ、僕いま働いているんだな』って思いました」 その後彼は、一度社会に踏み出した経験を貴重なものとして受け止めながら、無理せず続けられる働き方を目指して軽作業訓練を再開しました。自分に足りないところを補うように。