「ここに連れてきてくれた、母に感謝ですね」お会いして六か月後にそう語ったのは、仕事での無理がたたり、抑うつ状態となって退職をされた三十代の男性でした。 仕事は五年目でようやく慣れてきており、職場の人間関係にも恵まれて、プライベートでも付き合いがあったそうです。しかし、人事異動で一部の人が入れ替わり、これまでせき止められていた仕事が、一気に流入してくるようになりました。自分の知らない仕事がぐっと増え、それらを自分よりも年上の人に伝えなければならないことが増えていきました。日に日に残業時間は増えていき、日に日に彼の笑顔は減っていきました。責任感 責任感は、仕事をする上でとても大切な力の一つです。しかし、ときに自分自身を追い込む諸刃の剣になることもあります。彼は仕事に対する責任感ゆえに頑張り、そして周囲からの休職の勧めも受け入れられずに、体とこころが先に悲鳴を上げました。後悔と罪悪感 仕事を辞めてしまった後悔、前の仕事に戻りたいという後悔、親に迷惑を掛けているという罪悪感、友人に迷惑を掛けてしまったという罪悪感。後悔と罪悪感は、雪だるま式に大きくなっていきました。後悔と罪悪感がある状態での転職活動は、悪循環を起こしていました。訪れた休息 私が初めて男性にお会いしたとき、彼は焦りと後悔と罪悪感の海原を彷徨っているように見えました。私は彼の焦りの形を確認しながら、まずは「ふっと、肩の力を抜ける」休息の時間が持てるよう、話し合いを続けました。彼が過去に捉われる時間を減らせるように…。 変化のきっかけは、彼の友人からの誘いでした。退職後は、さまざまな罪悪感から友人の誘いには気が進まなかったようですが、いつの間にか、友人と食事に出かけられるようになっていました。いまだ〈何もしていない自分が…〉という罪悪感はあったようですが、彼の表情は穏やかさを取り戻し、リラックスした時間も持てるようになっていました。 〈何もしていない方が辛いから…〉と、彼は友人と笑い合える時間を回復させ、気持ちを「今から過去へ」ではなく、「今から未来へ」と向けて始めていました。そのために必要な、休息の時間だったのだと思います。後悔から感謝へ 「今は支えてくれた友人のためにも、続けてみようと思います」そう言って、友人が働く工場への就職を決めました。 「両親にたくさん迷惑を掛けてしまいましたけれど、本当に感謝しています」ずっと語られていた「迷惑を掛ける」の表現に、初めて「感謝」の文字が加わりました。やや気負いがあるかと心配な点もありますが、その気負いは後悔からではなく、感謝から来ているようにも見えました。 彼は今、後悔よりも感謝に応えるように、工場での仕事を続けています。