ある日、「一の矢は受けても、二の矢は受けない」というお釈迦さまの教えを誰かが口にしました。 「一の矢」とは、外から突き刺さる矢のこと。何かの事件や事故、つまずきによって受ける衝撃や被害のことです。未熟で傷つきやすい子どもたちにとっては、学校も家庭も、ブンブン矢が飛んで来る戦場みたいに物騒な場所と言えなくもない。けれど、これは生きていれば避けられない出来事でしょう。 問題は、「一の矢」を受けた後、「二の矢」をかわすことができるかどうか。「一の矢」を受けたことでこころが折れ、自分の生きるエネルギーまでなえさせてしまう状態を作らないこと。社会に出る最初のつまずきは「一の矢」、親も子も周囲も、自分たちを「普通」と言われる人たちと比較し、焦ったり、自らを責めたりするのが「二の矢」と考えられます。さらに、この後に、親や社会に対してこころを閉ざしてしまったり、攻撃的になったりする「三の矢」があるのかもしれない。 「考える時間が、多すぎたのかもしれません」そう言って、かつての出来事を振り返る三十代の男性は、二の矢、三の矢に苦しみ自分で自分を否定することで、その怒りはご家族へ向かっていたそうです。彼は、自らのプロセスをこう振り返ります。「二の矢」を先に解決すると、「一の矢」に辿り着く。まず、人と比べないこと。見栄や世間体を気にすることを止めると、むき出しの自分たちの状態が見えてくるという。 「分かっていても、大変でした」自然と生まれてくる環境や家族への怒り、自分の不甲斐なさへの落胆は、気づいたところで変えられなかったと言います。 「まず、何をしたんですか?」と問うと、 「まずは、生まれてくるそうした感情を、あるがままに受け入れることにしました」無理に変えようとせず、客観的に傍観する。その次に、「その中でも、自分の大切にしたい気持ちや目標に目を向けた」そうです。彼にとっては、ゴタゴタはあるけれど、仕事をして経済的にも精神的にも自立したいということでした。そのなりたい自分にとって今できそうなこと、それをコツコツと取り組まれていました。彼にとっては、仕事を始めることは、自立であり、自分自身を解放することだったのかもしれません。 とはいえ、新たな目標と繋がった彼は、 「お客さんに嫌な印象を与えないために、自分の怒りを早くやりくりする必要があった。必要に迫られてできるようになったと思います」と仕事の愚痴をこぼしながらも、笑顔と目のエネルギーが生き生きとしてきたことは、今でも印象に残っています。 「二の矢、三の矢の傷を、まだ受け入れられる訳じゃないですけれど、それがあるから、今の自分をやっていこうと考えられるんだと思います」 吹き荒れる後悔や怒りや不安の感情の中でも、あるがままに受け入れ・受け流し、これからの望む自分のあり方を灯台の光のように「道しるべ」として進んでいくことは、これまでの自分自身を否定せずに、「今、この瞬間」を創りあげていくことなのかもしれません。彼がこの先も、一の矢を受けても、二の矢の苦しみを、自分で断ち切れることを願っています。