私たちは、これまで自分が体験してきたことから、未来のことを想像します。そのため、これまでの体験から、辛さや苦しさに彩られた未来しか思い描くことができなくなったとき、これから先の自分の生き方に不安や絶望を感じます。 ある方は、少しずつ外出がままならなくなり、ここ数年はほとんど外出できなくなりました。普段の生活でも、自分でできることが少しずつ少なくなり、ご本人曰く「人間らしい生活」ができなくなってきていました。このままでは一人で生きていけなくなる、とその方は将来のことが不安になり、定期的な家庭訪問による心理面談を希望されました。 ほとんどの日常生活を一人で過ごすことができなくなっている状態から、「人間らしい生活」ができるようになるまでの道筋を一緒に考える中で、まずは「洗面所で顔を洗う」ことを、毎日行っていただくことになりました。 「そんなことで、いいんですか?」と、ご本人は戸惑いながらも、毎日「洗面所で顔を洗う」ことを続けました。そこから、日常生活でご本人ができることを少しずつ少しずつ増やしていき、二年の月日が経ちました。 今では、一人で生活するための「毎日のルーティン」ができあがり、家の掃除も毎日できるようになりました。改めて、今後の生活の立て方を一緒に考えるために、毎日のルーティンができるまでの振り返りを行ったとき、 「いつの間にか、できているようになっていますね。全然できなかったのに」と、その方は驚いた様子でお話しになりました。生きていく上で将来に不安を感じることは自然と付いて回ってきますが、二年前と今とでは、その不安の質や目標に向かうための計画の中身などは、まったく違っています。 「こんなの大したことじゃない。どうでもいいことを、続けたって仕方ない」現状から望ましい生き方へ向かうために、一足飛びで課題が解決できればと人は考えがちですが、〈こんなことでいいのかな?〉と思う程度の小さな結果を積み重ねることによって、その体験が新しい未来のイメージを塗り替え、「いつの間にかできている」自分自身に気付くことができます。その方の自立した生活に向けた体験の積み重ねはこれからも続いてきますが、これまでの月日で得てきた体験と自信は、ご本人自身の望ましい生き方を思い描き、実現する力となることでしょう。