「とにかく、話がしたいんです」小学校の頃から不登校が続き、中学卒業後も自宅以外に行き場がなかった、二十代の方とお会いしたときの言葉です。 これまで、さまざまな傷つき体験があり、〈裏切られるかもしれないから、人を信じられない〉という気持ちと、〈自分の楽しみや興味を、誰かと共有したい〉という気持ちの間を揺れながら、お母さんの紹介で相談にみえました。 ご自身の趣味から傷つき体験、今の自分から幼少期の自分まで、さまざまな話をされました。私は、ときにはひたすら耳を傾け話を聴き、ときには同じ趣味についての私自身の体験を話すなど、ご本人の「とにかく、話がしたい」という言葉に応えたい思いで心理面談を進めました。 話は、ただ「話したいこと」を話すだけではなく、話を聞く、話を受け止める、話に応える相手がいてこそ成り立ちます。当たり前のことのようですが、普段の生活の中では「話を聴くこと」について特に意識をすることは、あまり多くありません。話の軽重や良い・悪いという判断をまずは脇に置き、「話を聞き、受け止め、応え、そして再び話を聞く」という一連の流れが、その話し手と聞き手双方のありのままを認めることに繋がります。そのように話を聴きながら、お互いの考えや思いがすれ違うなどの紆余曲折がありつつ、少しずつですがご本人にとって、〈自分は自分であっていい〉という思いが出てきたようです。 ある日、ひきこもってから長らく行っていなかった繁華街に、公共機関を使って母親と行くことができた、と笑顔でご報告いただきました。 「思ったよりも大丈夫だった。行けてよかった。もう行ける」かつて自分ができていたことを再びできるようになった喜びを、ご本人はこのようにお話しになりました。そして、今では少しずつですが、ご自身の生活の立て方やその方法について、話が及ぶようになってきました。これからもご本人が自分自身を認められるような生き方に向けて、ご本人のペースで、できるところから、さまざまな事柄に取り組むことができるよう、話を聴き続けていきたいと思います。 「就労準備支援」という名の通り、就労に向かう準備を私たちは支援しています。しかし、「就労」はあくまで一人ひとりが自分自身を生きるための術であって、最終的な目標ではありません。ご利用される方々が「自分が自分であること」を認められるような、また他者とお互いの在り方を認め合えるような気持ちを持てることを目指した支援を行いたいと思います。