ひきこもりに関する相談は、当事者だけを対象としている訳ではありません。当事者自ら相談される機会は少しずつ増加しているようですが、それでもなお、ひきこもり支援機関の窓口に相談される方の半数は、ご家族だと言われています。 四十代のお母さんも、その一人でした。「息子(二十代)のひきこもっている状況をどうにかしたい」、と窓口に訪れました。不登校の頃から〈何とか動いてもらおう〉と試行錯誤し、ときに親子でぶつかり合い、葛藤を抱える日々を振り返りながら、今、息子さんにできる働きかけ方を一緒に考えました。息子さんに対するこれまでの働きかけ方や言葉がけを丁寧に見つめながら、恐れ、不安、自分自身に対する不甲斐なさなど、お母さんの胸の奥から湧き上がってくる多くの気持ちを語っていただき、息子さんにとって今、何が大切なことなのか、少しずつ考えていきました。お母さんの中に押し寄せる〈こうして欲しい〉という息子さんへの期待の波を、どのようにやり過ごすのか、どのタイミングで息子さんの気持ちに沿えるように伝えるのか、など、お母さんにとって非常に根気のいる作業が続いたと思います。 ある面談で、お母さんがしみじみとこう呟きました。 「あの子のすべてを受け入れようと思っています。生きていてくれて、ありがとうって」その思いの通り、お母さんは息子さんの行動を支え、見守り、ときには言葉にして伝えることもあったそうです。そんな中で、転機はささやかに訪れました。 ある日、息子さんがふと立ち止まり、リビングにあった新聞の折り込みチラシを見ている姿を見かけました。お母さんが尋ねてみると、 「バイトでもしようかな」と呟いて、その場を立ち去ったそうです。 高まる期待の波を胸の内に感じながら、お母さんはその波に圧倒されることなく、その日の夜にチラシを息子さんの部屋の前にそっと置きました。すると翌日、息子さん自らアルバイトに応募をされました。 結果として採用されませんでしたが、〈前に進みたい〉という息子さんの気持ちをお母さんはそのまま受け止め、伝え返しながら、この機を逃さないよう、あいち福祉振興会の就労準備支援の話を息子さんにされました。そして息子さんの同意のもと、当事業所にご相談の電話をかけてこられ、息子さんは当事業のご利用へと繋がります。 ひきこもりに関する相談は、ややもすると「本人が相談に来ないといけない」と思われがちです。しかし、「ひきこもり」という現象は誰か一人の原因ではなく、ご家族を含めた当事者との関係、これまでの関わり方など、さまざまな要因が背景にあります。そのため、当事者に関わるご家族からの相談が、変化のきっかけになることも十分にあります。 ご家族の個別相談や、「ひきこもり家族教室 CRAFT」などの家族支援を通して、ささやかな兆しが活かされればと思います。